S,P6 「波紋」スローライフ S Pa 6 「 波紋 」 H18,11/27 00:30 翌日、エドワードは 訪問の手土産の為に 自分も気に入っている焼き菓子の店に足を運んだ。 ロイが ちょくちょくお土産にと 買ってきてくれているこのお店のお菓子が 結構、手に入れるのが難しいことは後に知った。 レギュラー商品は、もちろん随時あるのだが、 期間限定や、新作商品は 朝から並ばないと、 並んでも数に限りがあるので、 おいそれと手に入らないし、口に入らない。 が、エドワードは ロイと住み始めてからの 新作や限定商品は、全て ほぼ食べたことがある。 もちろん、それは ロイの顔の広さと エドワードへの愛情がものを言っている。 甘い香りの広がる店内の棚を覗き込みながら どれを買っていこうかと考えていると、 品出しに来たのだろう店員の女性が親しげに声をかけてくる。 「こんちには、今日は何をお探しですか?」 この店で、そんな風に従業員に声をかけられた事が 余りなかったエドワードは、内心 意外には思ったが 素直に手土産にするお菓子を探していると話をする。 「あら、その方ってエドワード君の彼女なの?」 エドワードは 言われた言葉の内容より 自分の名前を呼ばれた事に驚いた。 ここのお店の従業員は、躾が行き届いており 余計な詮索をしてこない。 エドワードが ロイと一緒に来たときでも 他のお客と区別なく、自然に対応をされていた。 内心の気持ちが表情に出ていたのだろう、 店員の女性が、ああと納得したように頷く。 「ごめんなさい、わからなかったかな? 私、エドワード君とは専攻が違うけど セントラル医大生なのよ、これでも。 講義も何度か一緒になった事もあったんだけど。」 さっとポケットからメガネを取り出してかけて見せると エドワードにも覚えのある顔が浮かんでくる。 「そっか・・・、えっと確か心理学で。」 「そう! その通り。」 良く出来ましたとばかりに微笑まれる表情は 確かに何度か教室で見たことがある女性だ。 「すぐ思い出せなくてごめん。 なんか、雰囲気が違ってて。」 素直に謝罪を告げるエドワードに気にした風でもなく 明るく返してくる。 「いいのよ、大学では化粧もしてないもの。 こっちでは、営業用バージョンだからね。 で、どんな手土産さがしてるの?」 同じ学生とわかり、親しみが増した為か エドワードも 心安く答えていく。 「サンキュー、じゃぁ それにするよ。」 「はい、お買い上げありがとうございます。」 澄ました営業用の挨拶に、エドワードは笑い返して代金を支払う。 お菓子を手渡して見送ってくれる間に、 そう言えばと聞いてくる。 「昨日の新作は どうだった?」 「新作?」 「そうよ、今回は うちのパティシェの超こだわりで 当日限定で出したから、あっと言う間に終わったんだけど、 マスタングさんには、いつもどうりお渡ししたから 食べたんでしょ?」 エドワードが ロイの家で家政夫をしているのは 公然にはしてはいないが、特に隠しているわけでもない。 彼女のように知っている人間が居ても、おかしい話ではない。 「いや、ロ・・・あの人、今は出張中だから 昨日から帰ってきてないんだ。」 「そう。 じゃあ 戻ってからのお楽しみなのかな? また、感想を聞かせてね。」 そう手を振って見送ってくれる彼女に、 エドワードも ありがとうと礼を告げて店を出る。 『じゃあ、今日のデザートはいらないかな。』 メニューの献立てから、デザートを省いておこうと思いながら バス停へと向かう。 フレイアに教えられた住所に着くと エドワードの予想したとうりの豪奢な屋敷の前に立った。 ロイの家も地位にふさわしい作りだが、 さすがは民間の家は、華やかさも兼ね備えている。 表札を確認し、門に備えられた呼び鈴を鳴らすと すぐに玄関の扉が開いて、フレイア自身が姿を見せた。 「エドワード、ようこそ。」 嬉しそうに笑顔で迎えてくれる彼女に 訪問の礼を伝えて、手土産を渡す。 「あら、そんなに気を使ってくれなくていいのに。 でも、ナニーも喜ぶわ。 お菓子も大好きな人なんで。」 今日の彼女は、家にいる為か シンプルな服装で それが逆に彼女の良さを引き出している。 お茶でもと誘ってくれる彼女に、 夕刻までには戻らないといけない事を話して 早速、キッチンに案内をしてもらう。 「まぁまぁまぁ、こんにちは、エドワードさん。」 ふくよかな、優しげな雰囲気を醸し出している老女は 人好きのする笑顔を顔中に浮かべて エドワードを歓待する。 「はじめまして、エドワード・エルリックです。 今回は、ご無理なお願いをして申し訳ありません。」 きっちりと頭を下げて礼儀正しく挨拶をする姿に 老女は微笑ましげに笑って挨拶を返す。 「まぁ、そんなに堅苦しくしないでね。 こんなお婆ちゃんに、貴方みたいな素敵なBFが尋ねてきてくれたなんて、 私、嬉しくて 友達に自慢できるわ。 私の事は マギーと呼んで下さいな。 あなたの事は、エドとお呼びしていいかしら?」 親しげに接してくれるマギーの様子に、 エドワードも ホッとして、表情を緩める。 二人は早速、献立の話に入り、マギーの説明を受けたエドワードが 下ごしらえの準備に入る。 その手際の良さに、マギーも心から賞賛し 今日の料理の出来が かなりなものになることを確信した。 料理好きの二人が並んでキッチンに立つと、 あっという間に打ち解けて、話が弾む。 エドワードが疑問に思ったり、困った事を話すと マギーは 自分のコツを教えてやり、 逆にエドワードが話す、異国の料理をマギーが 熱心に質問をしたりと、話は途切れることなく そして、手も休めずに続いていく。 ふとマギーが気づいたように、後ろで座っているフレイアに声をかける。 「嬢ちゃま、そんな所に座ってないで リビングにでも、行ってたらどうですか?」 「そうだぜ、俺に気を使ってくれなくても いいんだぜ。」 すっかり その存在を忘れてた事に申し訳なく思って エドワードも、声をかける。 「あら? お邪魔かしら。 いいのよ、料理は出来なくても 料理をする人を見るのは 嫌いじゃないんだから。 味見位は、私も協力出来ますので。」 フレイアのおどけた話し振りに、 エドワードとマギーも笑いを浮かべて返す。 その後、3人は 和気藹々な雰囲気の中で フレイアの幼少期の話や、エドワードの料理はじめの苦労話などを 披露しながら、着々と料理を進めていく。 「さて、ここからは 少し煮込む時間が必要ね。 火は極力小さくして、落し蓋をしたら 煮汁が無くなるまで炊いて、 食べるときには、先に半分よけて置いた煮汁を温めてかけてやり完成よ。」 一段落がつき、盛られるだけになった料理の数々を確認しながら マギーは よしと満足そうに頷く。 「じゃぁ、待っている間にお茶にしましょ。 エドワードが ナニーに選んでくれたお菓子もあるし。」 案内されリビングに入ると、エドワードは 中で寛ぐ人が居ることで 戸惑いを浮かべる。 広いリビングは 先客が2名居て、そこにエドワード達3人が入っても 十分な余裕があるのだが、 休日に のんびりと寛いでいる家人の者に 突然、訪れたエドワードが 気を使わないではいられない。 「あら、お二人とも 珍しいわね。」 フレイアも、中にいる人物に驚いたように声をかける。 「エドワード、気にしないでね。 私の両親なんだけど、そんなに気を張る人たちでもないから。」 「えっ! あの、今回は 突然にお邪魔して申し訳ありません。 フレイアさんと同じ大学のエドワード・エルリックと申します。」 気にしないでと言われても、家の主人にも挨拶もせずに 勝手にキッチンを使わせてもらっていたエドワードとしては、 やや、気まずいものがある。 マギーはと言うと、増えたお茶の人数分のカップを持ってくると さっさと、ソファーに腰をかけて準備をしている。 その様子から、家のお手伝いというよりは 彼女の立場は、この家の家族のようなものなのだろう。 「こんにちは、エドワードさんのお顔は入学式の時に ご拝見させて頂きましたのよ。 本当に立派な主席挨拶で、主人共々感心しておりました。」 穏やかな栗色の髪の女性が母親なのだろう、 いかにも上流階級の婦人である様子の女性は、 フレイアには 余り似ずに、おっとりとした話し方をする、 美しい婦人だった。 「始めまして、エドワード君。 父親の カーネルです。 驚かして済まないね。」 はきはきとした物言いで、活発な感じを与える男性は なかなかの美男子で、こちらは容姿といい、性格といい どうやら、フレイアは父親似が濃く出たようだ。 「はじめまして、水入らずの時に申し訳ありません。」 「いや、気にしないでくれ。 私達も、予定が狂ってね、時間つぶしに居ただけなんだ。」 「ご招待頂いた先方様に 御不都合が出られたようで、 お時間が 少し遅れたのね、で ここで暇つぶしに お茶でも飲んで待っていようと思って。」 「どうりで、二人が休日に家に居るなんて 珍しいと思ったわ。」 親に話す口調とは思えない程さばけた物言いで フレイアが話すのを聞いていると 親子と言うよりは、歳の離れた友人のようだ。 「さぁさぁ、お茶が入りましたよ。 せっかくだから、エドワードが作ったお料理も お味見してみましょう。」 いつの間に用意したのか、 完成した料理を少しづつ綺麗に盛り付けられて小皿で並んでいる。 マギーが 優秀な生徒を褒める話をしている間に、 それぞれが 料理を食べては、素直に感嘆の言葉を上げている。 「まぁ、美味しいわぁ。 これは本当にエドワードさんが、全てお作りになられたの。」 「ええ、説明は私がしたんだけど、 作ったのは 全部、エドよ。」 「私も 驚いたわ。 作っていたのは見てたけど、 まさか、これだけの腕前とはね。」 「いえ、先生が良かったからで。 俺は 言われたとうりに作っただけだから。」 「いえいえ、言われたとうりに出来るのも 本人の腕があるからこそだから、 エドは 本当にお料理が上手よ。」 自分の事の様に喜んでくれるマギーに エドワードは、照れながらも嬉しそうに微笑む。 「全く・・・。 学生としても優秀で、料理の腕もすばらしいとは。 フレイアーにも、見習って欲しいものだ。」 嘆息をしながら呟かれた父親の言葉に フレイアが またかとうんざりした表情を浮かべる。 「エドワード君からも言ってくれんかね。 全く この娘ときたら、女だてらに医者を目指して 料理どころか、家事全般もからっきし駄目ときてる。 医大なんて行ってる暇があったら、 少しは 花嫁修業にでも精を出した方が 女性の人生の為だと、私が何度も言っても聞こうとしない。」 「お父さん、止めてよ。 そんな話をエドワードに聞かせる事もないでしょ。 それに、もう私も耳にたこが出来る位聞いてます。」 「耳にたことは何だ。 それだけ言っても聞かないお前が悪いんだろうが。」 険悪に言い返していく二人の会話に、 間に挟まれたエドワードが、気を揉んでいたが 日常的な事なのだろう、他の女性二人は 全く会話が耳に入っていないかのように 素直にエドワードの持ってきたお菓子に喜んで 話を弾ませている。 「大体、料理も出来ないような女性が夫を持てるはずがない。 なぁ、エドワード君だって 嫁に貰うなら 料理が上手な女性が良いに決まってるだろう?」 いきなり矛先を向けられて、エドワードが返答に困る。 「何を言ってるのよ。 お母さんだって、料理なんか全然、できないじゃない。」 「母さんは別だ。」 由緒ある家から嫁ついできた妻は、 家事などに無縁の環境で育ってきた。 いつまでも、少女のような心を持つ妻を心より愛している夫は 家事などで、妻の心を煩わせる事ない甲斐性を持って守ってきた。 「あら、私だって お料理くらい出来ますよ。 させて貰った事がないだけで、 やれば、きっと出来るわよ、ねぇ マギー?」 「そうですね~。 火と水と包丁を使わない お料理なら何とかなるかも 知れませんね。」 全くありえない話に、マギーも笑いながら適当に相槌を返す。 「ほらごらんなさい、マギーも出来るって言って くれてるでしょう。」 にこりと微笑んで言葉を告げる女性に、他の3人は黙り込む。 『火も水も包丁も使わない料理って・・・。』 3人ともが 同様の考えを浮かべた事は それぞれの表情で伺えれる。 が、あえて それを言葉に出すような者はいなかった。 ゴホンと咳払いをして、何とか雰囲気を変えようとした父親が 話の続きを話し始める。 「まぁ、お母さんの事はいい。 が、お前には 兄達も居て、病院を継ぐ必要もないんだ。 女医なんて、馬鹿な事は考えずに 将来の夫の為に、花嫁修業をした方がいいに決まってる。」 「ご心配なく、お父さんの病院なんて就職しませんから。」 「なっ!! じゃあ、どこに勤めると言うんだ。 医者は ハードな職業なんだぞ。 他の病院なんかに就職して、コキ使われたらどうするんだ!」 驚いたように反論する父親を見て、エドワードにも段々と 解ってくる。 フレイアと知り合ったきっかけは、 彼女が エドワードの論文に反論を告げた事からだが、 その後、話を聞いていくうちに 彼女の家族が 医者になるのを反対している事も聞いていた。 『なんだ、要するに 娘に苦労させたくないんだな。』 ものの言い方は乱暴だが、この父親が娘を溺愛しているのは エドワードにも感じられる。 他の家族も多分わかっているから、こうした事も 深刻にならずに放っておいているのだろう。 言い合いが、低レベルな日常に落ちてきても 以前、二人の舌戦は続いている。 エドワードも、最初は 我慢して聞いていたが とうとう、堪えられずに笑い出してしまう 「エドワード?」 「エドワード君?」 良く似た二人の反応が、またツボに入って エドワードは、笑い声を止めれなくなる。 「す、すみません。 仲が良いんだなと思って。」 何とか収まった笑いをかみ殺しながら、謝罪を告げる。 「「仲が良い!?」」 また、揃って同じ反応を返す二人に、 エドワードは珍しいものを見るように眺める。 「うん、互いの事をそれだけ知り尽くしてるから それだけ相手の事を言い合えるんだぜ。 二人とも似たもの同士なんだよな。」 妙に納得したように、自分の考えに頷きながら話すエドワードに 言われた二人が、顔を見合す。 年甲斐もなく、他人の前で親子で言い争っていた 大人げの無さに、さすがに恥ずかしくなったのか、 先に我を思い出して、居ずまいを正してエドワードに向きなおす。 「申し訳ない、つまらん所を見せてしまって。 が、正直な話 君はどう思うかね? 医者は奇麗事では勤まらない仕事だ。 辛い目にも合うし、体力的にもハードだ。 何も 女性が進んで就く事もないと思わないかね。」 娘を心配する父親の顔をして、 そうエドワードに聞いてくるカーネル氏は真剣だ。 エドワードは、軽々しく返答が出来ない話に しばらく、間をあけて 躊躇いがちに返答する。 「俺の幼馴染は、女性ながら鎧技師をしています。 そいつのおかげで、俺は ずっと助けられてきました。 そして、尊敬できる女性も 上司を助けて、軍の現場で一線で働いています。 逆に 家族を守って、母親として生きている女性もいます。 女性に勤まるか勤まらないかは、俺には一概には言えませんが 人として、誰かを助けて行こうと生きている姿勢には 変わりないと思います。 フレイアと俺は、カーネルさんのようには長い付き合いを しているわけじゃありませんから、 当然、見えてない部分も沢山あるんだと思います。 けど・・・・、 少なくとも、俺の知っている彼女は 優秀な学生で 俺が見習うべき点を沢山持っている信頼に足る人間だと思います。 彼女に助けて貰うのを待っている人たちは きっと、沢山いると思います。」 多くの経験と過去を乗り越えてきたエドワードの言葉は 彼の境遇を知らない者にも、重みが感じられる。 カーネル氏は、目を見開いてエドワードを見た後、 言われた事を反芻しているのだろう、 重々しく何度も頷く仕草を見せた。 フレイアは 喜びと、その言葉を告げてくれたエドワードを 誇らしげに見て、瞳を輝かせていた。 先ほどまで、全く関知していなかった女性陣二人も 微笑ましそうに 互いに頷き合って目配せをしている。 静まりかえってしまった場に、エドワードは他人の分際で 生意気過ぎただろうかと、少々 後悔をする。 「あら、エド。 そろそろ、お鍋の中身が 出来上がる頃よ。」 マギーの一言に救われたように、エドワードは 訪問の礼を告げて、その場を去る。 エドワードが、自分の分を包んでもらい屋敷を出る時には 家族総出でお見送りをしてもらう事になり、 恐縮しながらも、先ほどの 若輩の身での過ぎた言葉に 謝りを伝えると、 父親は 首を振り、また ぜひ話をしようと握手を求めてきた。 それに、ほっとしながら握手を返して またの来訪を約束してから、玄関を出る。 門まで送ると言うフレイアと歩き去っていく二人の姿に 残った者たちは、嬉しそうな表情で語り合う。 「なかなか、良い青年じゃないか。」 「ええ、優しそうだし、思いやりもある方ね。」 「嬢ちゃまには、あれ位 出来る男の子の方が お似合いですね。」 エドワードの気づかぬ所で、家族公認の許可を得てしまっている事実。 エドワードは 自分の失態に気がつくのは 後々の事になりそうだ。 フレイアには、マギーの反応が どう出るかは予想のうちだ。 これを機にエドワードとは もう少し知り合う機会を 狙っての招待だったが、誤算かと思った両親の在宅は 自分の予想外の好結果となった。 「じゃあ、今日は ありがとう。」 「いえ、こちらもご馳走になって。 それに・・・、ありがとう。」 最後のありがとうが何を指すかに気づいて、 エドワードが 気まずそうに謝る。 「ごめんな、なんか偉そうな事言っちゃって。」 「いいえ。 本当に嬉しかったわ、私の事を あんな風に見てくれてるってわかって。 また、来てくれるんでしょ?」 「うん、しばらくマギーにお世話になる事になったから、 お邪魔だと思うけど・・・・。」 躊躇いがちに話すエドワードに、 フレイアは、ぜひ 来てくれと重ねて薦める。 じゃあ、大学でと挨拶をして別れる頃には そろそろ、ロイを迎えに駅まで行かなくては ならない時間になっていた。 老将軍は、2階の自室から見渡せる中庭を嬉しそうに頬を緩めて眺めていた。 その視線の先には、仲良く寄り添う二人の若者達が 楽しそうに散策をしている姿が見られる。 「ご主人様、嬉しそうでございますね。」 長年使えている執事には、 飄々として、自分の思惑を掴ませない主人の事も よく把握している。 まぁ、今の主人の様子は 誰が見ても 上機嫌な事がわかると言うものだが。 主人の機嫌は、使用人たちの気分も高揚させる。 最近、愛孫の事で沈みがちだった主人が、 こうして、マスタング氏に来てもらってからは 以前の明るさを取り戻して行くのを見れれば、 マスタング氏の来訪を、主人以上に歓迎したくもなる。 「そうだねぇ。 彼が来てくれる様になってからは、 ローゼも体調が良い日が続くし。 本当に彼には感謝してもしきれないよ。」 「はい、今日も 大変お体の調子が良いとの事で、 マスタング様から、お庭の散歩に誘っていただけて お嬢様も大変、お喜びでした。」 うんうんと、我が事のように嬉しそうに頷いて聞いている。 孫馬鹿だと思われるかもしれないが、 ローゼは 本当に素直で、優しいし聡明な娘だ。 そして、母親に似て これまた美しい容姿をしている。 こうして、男前で噂の高いロイの横に立たせても 何ら遜色がないように思える。 「彼が、ここにずっと居てくれれば 言うことはないんだけどね~。」 残念そうにため息を吐きながら呟かれた言葉に 控えめな沈黙で肯定を示す。 この家で、今回の老将軍の思惑を知っているものは 本人と その妻とローゼの両親とローゼの看護人。 そして、友人のような立場にもなった執事だけだ。 ロイの私生面の部分だけを見れば、 女性に優しく文句ない相手だろうが、 公の面では、軍の高官と言う激職に就いている男性だ。 とても、身体の弱い ローゼに その妻が務まるとは思えない。 それに・・・、彼には きちんとした想い人がいるようだし・・・。 そろそろ、ロイが戻る時間なのだろう。 二人して、庭から戻ってくるのが見えて 老将軍は、あり得もしない願いを消し去って ロイにお礼を伝えるために、階下に降りて行く準備をする。 「お疲れになりませんでしたか?」 屋敷に戻ってきてリビングのソファーで 休むように座らせると、ロイは気遣いを伝える。 「いいえ、全然。 久しぶりに庭に出てみたんですが、 自分でも知らない事が沢山あって、 ロイの博識には、驚かせれてばかりです。」 「私のは博識とは程遠い程度ですよ。 詳しい者に聞きかじった程度の事ですから。」 「でも、久しぶりに出てみると 本当に気持ちが洗われたような気になりました。」 「それは良かった。 では、もう少し体調が良くなりましたら 少し遠出をしてみましょうか?」 イーストシティーには、長く居た事があるロイには、 街で連れ出せる候補が、すぐに割り出せる。 「本当ですか!? 楽しみです、じゃあ 体調を整えれるように 頑張らなきゃ。」 街に出る事位でも、相手が 自分が好きな相手だと 何十倍も嬉しく思えるのは、女性でなくとも同じ事だろう。 素直に喜ぶローゼの様子に、ロイが 後ろめたい思いを隠し浮かべる。 「その為には、きちんと休息もお取りにならなければ いけませんね、お嬢様。」 ローゼに付き従っている看護の女性が、 頃合を見計らって言葉をかけてくる。 「・・・そうね。 ロイは、来週も・・・。」 来てくれるのか?とは、遠慮深い彼女には はっきりと聞けなかったようだ。 ロイは、その彼女の気持ちを察してやり 告げられなかった言葉の返事を返してやる。 「来週は、興味がおありだと言われていた 本をお持ちしましょう。 ちょうど、家の書庫にあったようですから。」 さりげなく訪問を約束してくれたロイに ローゼは、嬉しそうに微笑んで感謝を告げる。 「では、そろそろお暇致しますが、 くれぐれも、無理をなさらずお過ごし下さい。」 そう告げると、少し屈んで ローゼの額に口付けをする。 お返しにと、ロイの頬に返された口付けを受け取ると ロイは、次回の来訪を告げて部屋を出る。 玄関まで急ぎ出ると、今日は在宅の老将軍が待ってくれていた。 「マスタング君、いつも 済まないね。」 「いえ、お嬢様も 段々と元気になられているご様子で ホッとしました。」 「これも、君のおかげじゃ、 本当に ありがとう。」 堅く握り締められた握手に、ロイは 控えめに握り返して 屋敷を辞去する旨を伝えて、挨拶をする。 玄関を出ると、ロイは 気が急いている事もあり 屋敷を振り返ることもなく門を出て行く。 「お嬢様?」 2階の自室から庭を見て動かない主人に寄って 声をかけてみる。 部屋から見える庭には、帰って行くマスタング氏の姿が見える。 「お優しい方でございますね。」 主人を喜ばせようと告げた言葉に ローゼは、無言で頷いて もう見えなくなったロイが出て行った門を見つめ続ける。 彼女の想いを そっとしておこうと、 看護の女性は、主人が休む為の準備をしに 隣の寝室に入っていく。 「ええ、本当に 優しい方・・・。」 小さく、誰にも 決して聞かせないように 小さく呟かれた言葉は、彼女の瞳の中にある 寂しげな翳りの深い底と同様に、 静かに部屋の空気の中に沈みこんで消えていく。 ロイは戻る列車の中でローゼの事を考える。 恩ある老将軍の頼まれごととは言え、 ロイが犠牲にしなくてはならない事は大きい。 それでも、ロイの中には 彼女の為に 何かしてやりたいと思う気持ちが生まれても居る。 それは、ロイが エドワードに向けるような愛情とは 全く違うが、彼女の事を見も知らぬ人間として 切り離せないものがある事も本当だ。 何故、そう思うようになったのかを 自分で不思議に思って、考えてみる。 ローゼは、性格も素直で優しく 人を思いやる気持ちも、聡明さも持ちえた 女性としては美徳の多い娘だ。 容姿も、やや 病みやつかれてはいるが それが憂いを与えて、人の世とは離れた儚い 美しさを印象付ける。 頭の回転も、知識も 女性にしては広く 話し相手としても、申し分がない。 そんな彼女の資質にも、ロイが好感を持つのに十分な要素だ。 が、ロイが 惹かれる部分は 彼女が たまに見せる達観した表情だ。 全ての事を受け入れて喜んでいるように見えても 彼女は、全てを 自分の世界とは切り離している感がある。 幸せも、喜びも、見聞きし受け取る事はするが、 全ては 自分とは無縁な事柄として 手の平に落ちてきた美しい物を鑑賞し、 決して 自分もと欲を持つ事が無い。 自分の運命を悟った時に、彼女には欠けてしまった想いがあるのかも知れない。 そんな彼女に、もう少し 自分の幸せを、 例え、限られた時間の中でも 幸せになりたいと思う事は、決して 間違ってはいないこと。 彼女にも、そんな人生を歩んでもらいたいと思う。 数度しかあった事がない女性なのに、 何故、そこまで彼女の事が想えるのかが ロイには不思議で仕方が無かった。 以前、彼女が元気に過ごしていた頃にあった時には 全く思いもしかなった自分の気持ちの変わりように ロイにしてみても、首を傾げるしかない。 が、もちろん ロイがローゼに心変わりをしていると 言うのではない事は、断言できる。 ローゼ自身へと言うよりは、ローゼの見せる1面に ロイを 強く惹きよせるものがあると言うべきか。 答えの見えてこない問いかけに時間をかけるのは 馬鹿らしい。 ロイは、そう答えを出すと 今から 少しだけ時間を過ごせる愛しい者の事を思い浮かべる。 『今日は、はりきって料理を教わってくると言っていたから さぞかし、美味しい物を食べさせてくれるのだろう。』 美味しい料理は、世に沢山あるだろう。 だが、エドワードと過ごした時に感じる美味しさは 彼でないと生み出せないものだ。 すれ違いの多い平日では、ゆっくりと話をする時間も 寄り添っている時間もない。 週末の僅かになった時間は、今のロイにとっては 錬金術の真理よりも、はるかに貴重なものだ。 その時間が 待っていると思うと、 数時間後に会えるエドワードの事ばかりが浮かんでくる。 そんなロイの頭の中には、先ほどまで占めていたローゼの事は 申し訳ないほど、跡形もなく消え去っていた。 列車を降りると、自分を呼ぶ声に 頬を緩ませて相手を探す。 ホームから見える人影は、元気一杯に手を振っている。 ロイも振り替えしては、改札を足早に抜けて 待つ人の元へと進んでいく。 「お帰り、お疲れさん。」 仕事で出張に出ていると思っているエドワードの そんな労いの言葉に、ロイは 苦笑して頷く。 教わった料理の話を嬉しそうに語るエドワードに ロイも、楽しみにしていたと返しながら 軽い足取りで、家までの帰路につく。 教わった料理は、殊更 ロイの口に合ったらしく 驚いたように褒めるロイに、 エドワードが 嬉しそうにしている。 「あんたが、好きそうな料理だな~と思ったんだ。」 「ああ、味は濃いが しつこさが無いから いくらでも食べれるな。」 「うん、それ下ごしらえの時間をかけて余分な脂を ギリギリまで抜くから、けっこう さっぱりした感じになるよな。 旨みは、残っている肉からちゃんと味わえるし。」 エドワードも、自分の作った料理のできばえに満足を見せる。 「こちらの温野菜のサラダも美味しいよ。」 「うん、野菜は生だと取る量が限られるけど こうやって上手く炊くと、大事なエキスは逃がさないで 量も沢山食べれるからいいかと思って。」 食事を楽しんだ後は、リビングに移って この1週間にあった話を互いにする。 途中、エドワードが 何かに気づいたように妙な表情を浮かべたのに ロイが 何かと訊ねたが、 たいした事じゃないからと、首を振って話を続けるので ロイも そのまま特に気にする事もなく流してしまう。 恋人との楽しい時間は あっと言う間に過ぎて、 深夜近くになって、どちらも名残り惜しそうに相手を見る。 休日出勤を続けているロイを思って、 エドワードが そろそろ休もうかと きっかけを口に出す。 片づけを始めたエドワードの手を、ロイは咄嗟に捕まえる。 「わっと・・・、急に掴んだりしたら 危ないだろう。 あんたのカップを割るところだったじゃないか。」 ロイの突然の行動より、カップが割れるかに重点をおいていた エドワードが、無事だったカップにホッと安堵をする。 色違いの揃いのカップは、二人が一緒に住む事を決めた時に 買い揃えたもので、エドワードも 自分のカップを大切にしている。 そんなエドワードの文句にも、ロイは耳を貸さずに 手に持っていたカップを奪ってテーブルにおいてやると そのまま強引にエドワードを引っ張って、抱き込んでしまう。 「ロ、ロイ?」 トンとエドワードの肩に頭を乗せて抱きつく男の表情は見えない。 ロイの強引な行動に ドキマギとしたが、 相手の様子が、普段とは違う事を感じて エドワードは、どうしたんだ?と優しく聞いてやる。 「・・・エドワード。 君は、今 しあわせかい?」 ロイの唐突な質問の言葉にビックリしたが、 エドワードは、素直に返事を返す。 「うん・・・、多分・・・。」 エドワードの返答に、今度はロイが 勢いよく顔を上げて エドワードに詰め寄るように聞き返す。 「多分? 多分なのか!?」 相手の血相に、やや引きながらも 顔を真っ赤にしながら きちんと返事を返す。 「多分・・・じゃない。 まぁ、そのぉ・・・ すごく幸せです!」 ええい やけだと言い切った途端、首まで真っ赤にしている エドワードを、ロイは 嬉しそうに抱きしめる腕に力を入れる。 「そうか・・・、良かった。」 そう満足そうに呟くと、また ポトンとエドワードの肩に 顔を埋める。 「どうしたんだよ?」 今日のロイは、何だか妙な様子だ。 「・・・いか?」 小さく 呟かれた言葉は、エドワードには聞き取りにくく 「えっ?」と再度、聞き返す。 慎重に顔を上げて、神妙な表情でエドワードを見るロイが 珍しくも 口ごもりながら、言い直す。 「そのぉ・・・、エドワード・・・。 よければ・・・、 今日は、いっしょに・・・・。」 30を過ぎた経験が豊富な自分が、何故 こんなに 動悸を抑えながら、言わなくてはならないのかと 情けなくもなるが、相手がエドワードだと 緊張せずにはおれない。 本気の相手には、案外スマートには告げれないんだと言う ハボックの情けない話に、思わず共感を抱いてしまう。 「あっ・・・。」 さすがに、恋愛に疎かったエドワードでも こうして、ロイが自分の恋人だと 思えるようになった 今では、 ロイが、何を言いたいかを察して ロイの真っ赤な顔に劣らず 自分も真っ赤になりながら戸惑う。 大人の立派な成年男子が揃いも揃って、 プラトニックで押し通すには やや無理がある事は、エドワードも思ってはいた。 ただ、心の準備が必要だとも。 即効の拒否もなく、戸惑うようにはしているが 嫌がっている素振りが無いことに勇気付けられて ロイは、少し強引に迫ってみる事にする。 エドワードを抱きしめた手を引き寄せ、 躊躇いがちにしているエドワードに 勇気付けるように口付けをする。 優しく啄む様なキスを繰り返し、 エドワードの体温が上がってくるのに合わせて キスを深くしていく。 激しくなる口付けに合わせて、抱きかかえていたエドワードの身体を ソファーに横たえながら、 ロイは 逸る心を、出来るだけ落ち着けようと念じる。 ロイはキスが上手い・・・とぼんやりと遠くなる意識の中で エドワードは思い浮かべる。 こんな風に意識も奪われるような口付けをされては、 エドワードには 断る権利が無くなってしまう。 流されるように 自分の腕をロイに回そうと上げた瞬間。 ジリリリ、ジリリリと深夜に大音響を鳴り響かせ 電話が動き出した。 思わず 驚いたように飛び起きた二人の表情は 落胆と安堵とが交差している。 ロイは 苛々とした様子で、煩く鳴り響く電話を 無視したように エドワードに巻きつけていた手に 力を入れて、起き上がったエドワードを倒しこむ。 そんな間も、早く出ろとばかりに鳴り続ける電話は 居ることを確信したように、 鳴り止む事が無い。 「・・・ロイ、出たほうがいいぜ。 多分、軍からだぜ。」 抱きしめようと上げられた手は、 今度は ロイの肩を押しやる事になった。 「・・・くっそ! 誰だ こんな時間に。」 日頃、感情を余り見せない温厚な男らしくもなく 苛々は、ほぼ怒りに変わって現れている。 忌々しそうに鳴り響く電話を睨み付け、 情けなさそうな表情で、 エドワードに このまま動かずに待っててくれと 懇願するような目で訴えながら 渋々、エドワードの上から身体を引き離して 鳴り響く電話の方に行く。 エドワードは、離れて行った後姿に ホッと安堵のため息をつく。 別に ロイと寝る事が嫌だと言うわけではない。 自分が ロイを好きなのは間違いない。 ただそれが、ロイが自分に言うようなアイシテイルと 言う気持ちと同じかと問うと、 そうだと確信できるほど、自分の心に自信がない。 付き合い始めたのも、ロイと一緒に居る事が ごく自然になっていた事も大きく、 では最初に暮らし始めた頃と、今の自分の心境に 大きな変化があったのかと言うと、 正直、自分では そんなに変わっていないのだ。 エドワードの認識の中では、 自分は変わらないのに、いつのまにか 自分達の関係を称する言葉が変わっていたと言う認識程度だ。 だから、もし今 ロイと寝てしまえば もう後戻りは出来ない事になるだろうと思うと 本当に こんな気持ちのままでいいのだろうか?と 躊躇いが生まれてくる。 そんな事を考えながら 電話に出ているロイを見やると 険しい表情で、話を聞いている。 『これは、事件が起きたな。』 軍に関係の深いエドワードには、 ロイの様子と、話される内容の端々で推測がつく。 よっこらしょとソファーから起き出すと、 話し込んでいるロイを余所に、ロイの部屋に入り 新しい軍服を持ち出してくる。 リビングに戻ると、丁度 電話を終えたロイが 泣きそうな表情で、エドワードを見ている。 その表情が余りにも情けなさそうで 思わず、笑い出しそうになったのを堪えつつ ほらと軍服を差し出すと、 嫌そうに受け取るロイに励ましの声をかけてやる。 「事件か?」 「・・・ああ。」 むすっとした表情で着替えるロイを見て 今日の事件の犯人達に同情をする。 「疲れてるのに大変だろうけど、 頑張れよ。」 そう声をかけるエドワードにも ロイは 浮かない顔で、エドワードを抱きしめて 「・・・行きたくない。」と愚痴を言う。 本当なら、ここで 続きは帰ってきたらなと言ってやれば良いのだろう。 ロイも、多分 エドワードが そう言ってくれる事を 待っているからこそ、駄々をこねているのだ。 けれど、エドワードには 自分から進んで そうは言えなかった。 照れているからではなく、経験が未熟だからでもない。 エドワードには、そこまでの決心も覚悟も まだ、出来ていなかっただけだ。 自分の そんな弱さに、求められて初めて気がついた。 黙ってしまったエドワードの微妙な雰囲気に ロイは嘆息を付きながら、触れるだけのキスをして出て行く。 千載一遇の今日のこの時に、 ぶち壊してくれた犯人達と、それに対応し切れなかった 無能な将軍達に、死ぬ目に合わせてやると 暗い怒りの焔を上げながら、現場へと急ぐ。 流れる暗い車窓に映る影に、エドワードの表情が浮かぶ。 エドワードが 今の自分達の関係に躊躇いがある事には ロイとて薄々気が付いてはいた。 もっと時間をかけてゆっくりと育てていけば 良いことなのだろうが、 離れている時間が多くなるほど、 確実に結び付けられた関係が欲しくなる。 誰にも獲られたくもないし、 エドワードが離れていく事等、今のロイには 耐えられそうもない。 だから、確実に 自分のものだと実感をして 安心して、証明が出来るものが欲しいのだ。 が、今日の事で エドワードは自分自身の中にある 戸惑いの理由に気が付いたはずだ。 はっきりと気づかせる前にと望んだロイの思惑は あっさりと潰されてしまった。 この後、どんな態度に出られるのだろうと思うと、 急き過ぎた自分を恨みたくもなる。 そして、 さらに、今から向かう相手には 憎悪にまで育った 怒りをぶつけるしか、ロイの気が晴れる手立てはなかった。 ↓面白かったら、ポチッとな。 ジャンル別一覧
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